中学までの知識で解ける! 大学入試問題中学までの知識で解ける! 大学入試問題

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社会
2012年度 
京都大・文系 (日本史)

この問題に挑戦!

実際に大学入試で出題された問題だ。

 次の文章(A~C)の[ ア ]~[ タ ]に最も適当な語句を記入し,問に答えよ。
※文章A,Cは割愛,ク~コを答えよう。


B 1559年,尾張を平定した織田信長は,翌年,西上してきた駿河の[ オ ]を桶狭間で討ち取り,その後,三河の徳川家康と同盟を結び東方を固め,1567年には美濃の斎藤竜興を滅ぼし,その本拠地を[ カ ]と改称して自らの本拠地とした。そして翌年,足利義昭を擁して上洛し,義昭を将軍職に就け,畿内の掌握をはかった。
 信長のこうした動きに,近江の浅井氏,越前の朝倉氏,比叡山延暦寺,石山本願寺,甲斐の武田信玄らは,信長包囲網を形成し対抗した。これに対し信長は,1570年,[ キ ]で浅井・朝倉の連合軍を破り,翌年,強大な宗教勢力であった比叡山を焼き討ちにした。さらに1573年には反信長の動きを背後で画策していた足利義昭を追放し,事実上,室町幕府を倒すとともに,なお勢力を保持していた浅井・朝倉氏を最終的に滅亡させ,ほぼ畿内近国を平定した。ついで,三河の長篠の戦いで甲斐の武田勝頼軍を撃破した。
 いっぽう一向一揆との対決は熾烈なものであり,一向一揆の本拠,石山本願寺との戦いは10年にも及んだ。その後,信長は,甲斐の武田氏を滅ぼし,信濃・甲斐を版図に加え,関東にも勢力を及ぼした。
 この間,信長は,琵琶湖東岸の水陸交通の要衝地に[ ク ]城を建設し,城下に[ ケ ]を出し,城下町の保護・振興をはかった。また,南蛮貿易にも積極的で,その担い手であるキリシタンにも好意的態度をもって臨んだ。しかし,1582年,毛利攻めに向かう途中,京都の[ コ ]で家臣の明智光秀の謀叛にあい自刃し果てた。

(入試問題より一部抜粋)

どうやって考える?

どの考え方が一番使えそうか、1つ選んでみよう。

  • 解答する部分の段落を先に読んでみる
  • 文章Bをすべて読んでみる
  • 文章Bの中でヒントになりそうな語句をさがしてみる

回答を選んでください。

正解!よくわかったね!
実際にどう解けるか、次から見ていこう!

おしい!
実際にどう解けるか、次から見ていこう!

こうやって解く!

実際にどんなポイントで解いたらいいか見ていこう。

  • 中3レベル

POINT1

ク~コに入る語句は、すべて織田信長に関することがらだ。文章Bを全部読まなくても、織田信長に関する正しい知識があれば、ク~コに入る語句はわかるはずだよ。

POINT2

●織田信長の統一事業をチェック!

信長の全国統一への過程については文章中に詳しく書いてある。今回解答してもらう部分は、おもに領国経営(政策)に関することだ。
クには城の名前が入るが、信長が築いた城では安土城が有名だね。ケには、城下町の保護・振興をはかったとあるので、商工業を発展させるために出したものを考えると、楽市令(楽市・楽座令)があてはまる。コは信長が自刃したところだから,本能寺だ。
これらはいずれも、中学校の教科書にも掲載されているよ。

詳細な解き方を確認しよう。

●織田信長の業績と歴史上の事件

  • 安土城

    安土(滋賀県)に建てられた、日本初の本格的な5層の天守を持つ城。本能寺の変の後に、焼失した。

  • 楽市令

    楽市・楽座の政策により、営業を独占していた座を廃止して、城下に商人を招いて商工業の発展を図った。

  • 本能寺の変

    この後、明智光秀をたおした豊臣秀吉が統一事業を進め、1590年に全国を統一を果たした。

なお、[ オ ]~[ キ ]の解答は、次のようになる。
オ:今川義元、カ:岐阜、キ:姉川の戦い
これらは、高校の日本史で学ぶ内容だ。

※この解答解説は、すべてベネッセで独自に作成しています。

高校生レベル

※この解答解説は、すべてベネッセで独自に作成しています。

考え方をまとめよう!

今回使った考え方をまとめよう。

●織田信長について理解しよう
織田信長や豊臣秀吉が統一事業を進めた時代は安土桃山時代というが、織田信長に関連する出題はよくあるので、当時の重要なできごとをしっかり覚え、理解しておこう。


織田信長に関する重要事項

桶狭間の戦い、長篠の戦い、本能寺の変、安土城建築、楽市・楽座の政策、関所の廃止、キリスト教の保護