ドキュメント 岩手県立高田(たかた)高校
「T×ACTION」と「未来創造プロジェクト」

復興する地域とともに考える「幸せに生きる力」

この学校のココがすごい

  • 《1》変化する生徒の気質を捉えて教育活動を構築
  • 《2》地域課題を学ぶ中で成長する生徒たち
  • 《3》地域とともに高校の未来を考える

左から
3 年生 千田龍汰朗 ちだ・りゅうたろう
3 年生 加藤菜々子 かとう・ななこ
3 年生 菅原旦輝 すがわら・あさき

左から
進路指導課 多田昌弘 ただ・まさひろ
教職歴 11 年。同校に赴任して6年目。英語科。
進路指導課 吉田由岐恵 よしだ・ゆきえ
教職歴 24 年。同校に赴任して6年目。数学科。

記事詳細

岩手県立高田高校は、2011年3月11日に発生した東日本大震災津波で校舎が全壊、仮校舎での4年間を経て、15年4月に新校舎に移転した。以来、「普通の学校」に戻ることを重視してきた同校だが、現在は、生徒に必要な教育を地域とともに問い直し、新たな挑戦を始めている。生徒が幸せに生きるために学校には何ができるのかー復興の地で模索する教師たちを訪ねた。

岩手県立高田高校

「至誠」「錬磨」「創造」を校訓とする。2008年4月より高田高校(普通科)と広田水産高校(水産科)が統合。東日本大震災津波で校舎が全壊し、隣の大船渡市にある大船渡東高校萱中校舎を仮校舎として4年間を送った。

◎設立1930(昭和5)年

◎形態全日制/普通科、海洋システム科/共学

◎生徒数 1学年約120人

◎2019年度入試合格実績(現役のみ)国公立大は、岩手大、岩手県立大、宮城大、首都大東京、名桜大などに11人が合格。私立大は、盛岡大、東北学院大、東北福祉大、立教大、名古屋外国語大などに延べ57人が合格。

◎URLhttp://www2.iwate-ed.jp/tak-h/

左から
進路指導課 多田昌弘 ただ・まさひろ
教職歴 11 年。同校に赴任して6年目。英語科。
進路指導課 吉田由岐恵 よしだ・ゆきえ
教職歴 24 年。同校に赴任して6年目。数学科。

子どもたちがずっと幸せであること──それは大人たちの共通の願いだ。まして、東日本大震災のような大災害を、生徒、児童とともに生き抜いてきた教師であれば、その思いはなおさらだ。岩手県立高田高校の教師たちが学校改革の重点事項として「総合的な学習(探究)の時間」(以下、「総合学習」)の充実に取り組むのも、「これ以上ないほどの苦労を経験してきた生徒たちだからこそ、これ以上ないほど幸せになってほしい」という願いによるものだ。
それまでも同校は、地域の復興と発展の担い手を育てるため、復興の現状と課題を調べるなどの活動を、それぞれの学年団の工夫の下、「総合学習」で実施してきた。だが、そうした活動を積み重ねる中で、教師たちは生徒の変化を感じるようになっていた。かつて、同校の生徒を始め、震災を経験した中学生、高校生は、被災地の復興を自分たちが牽引するという自覚を持って進路選択をし、また、国内外で災害が発生した際には率先して支援活動を始める生徒が少なくなかった。だが、震災時に小学生だった生徒が入学するようになった頃から、生徒の気質に少しずつ変化が見られるようになった。
「片づけなどをしている時に、『やります』と自主的に手を貸す生徒が減っていることに、ある時気がつきました。『手伝ってくれる?』と教師が声をかけると、ハッと気がついた表情を見せ、一生懸命に動いてくれますが……。人を助けたい、人の役に立ちたいという気持ちはあるものの、それが主体的・自主的な行動として表れない生徒が増えたような気がします」(吉田由岐恵先生)
さらに、3年生になっても希望進路が未決定の生徒も目立つようになり、希望進路があっても志望理由の内容が乏しいケースが少なくなかった。教師たちは、「いつの間にか、子どもたちは受け身で待つことに慣れてしまったのではないか」という思いを持つようになった。
「被災地の学校には、全国から様々な方が講演などで訪れてくださいます。それは生徒にとっては素晴らしい経験です。一方で、そうした特別な経験は系統立った活動になりにくいのも事実で、私たちはどこかもどかしさも感じていました」(多田昌弘先生)
変化の激しい社会においても夢を描いて一歩を踏み出し、主体的に行動できる生徒を育てたい。そのために、「総合学習」を体系立った学びの場にしようと、17年度、1学年副主任となった多田先生は考えた。そして、地域課題における解決策を追究しながら、生徒が進路観を醸成していくよう、「総合学習」をビジネスの視点で系統立てて展開することを1学年団に提案。2年次の文化祭でのビジネスプラン発表(写真1)を学びのゴールとした「T×ACTION(タクション)プロジェクト」がスタートした。「T×ACTION」は“Takata Action”の略だ。
「17年度1学年の最初の学年集会で、『この学年から、高田高校の新たな伝説が始まるよ』と、生徒の気持ちをあおりました。震災によっていまだに多くの課題を抱えるこの地域は、起業やイノベーションのチャンスがあふれているからこそ、ビジネスの視点で問題解決を考えることに価値があると話しました」(多田先生)

写真1 文化祭で地域課題をテーマとしたビジネスプランを発表する生徒。
「 T ×ACTION」では、1年次に興味のある地域課題を設定、調査・分析し、2年次にビジネスプランの発表に向けての準備を行う。生徒は、校外のビジネスプランコンテストにも積極的に参加する。3年次には、それまでの経験を希望進路と結びつけながら、志望理由書の作成や資格試験対策に取り組んでいく。

地域課題を学ぶ中で成長する生徒、教師

左から
副校長 菅 常久 かん・つねひさ
教職歴 29 年。同校に赴任して 1 年目。
校長 須川和紀 すかわ・かずのり
教職歴 33 年。同校に赴任して2年目。
副校長 継枝 斉 つぐえだ・ひとし
教職歴 32 年。同校に赴任して2年目。

高校生にとって、地域課題をボランティアではなくビジネスの視点で考えることは、決して容易ではない。実際、生徒からの提案は当初、公園やサッカー場など、地域に足りないものを作ればよいといったものが多かった。1学年団の教師たちは、そうした提案に対して、「どうやって利益を出すの?」「実現性があり、持続可能なプランにするには?」と、根気強く問いかけ続けた。並行して、起業家や金融機関の融資担当者の講演を実施したり、ビジネスプランコンテストに参加したりするなど、ビジネスを軸に「総合学習」の1コマ1コマを再構築していった。次第に「観光客向けの足湯に、地域の特産物を販売するミニ市場を併設できないか」といったビジネスの視点が、生徒の意見に見られるようになった。
「T×ACTION」が2年目に入った18年度には、「総合学習」を学校全体の取り組みに拡充する組織として、「高田高校未来創造プロジェクトチーム」が校内に発足した。
「須川(すかわ)校長から、『若手の先生方の柔軟な発想を大切にしながら、『総合学習』のあり方を議論してほしい』と指示を受けて、各分掌から6人の若手の先生を『高田高校未来創造プロジェクトチーム』のメンバーに選出しました。話し合いに臨む際、『若い先生から奇抜な意見が出ても頭ごなしに否定しないようにしよう』と自分に言い聞かせていましたが、約10回にも及んだ話し合いでは、先生方のユニークな考えに、いつも私が一番ワクワクしていたと思います」
(継枝斉(つぐえだ・ひとし)副校長)
さらに須川和紀校長は、地元で活躍する経営者やNPO代表などが一堂に会して、地域の高校への思いを語る「高田高校の未来を語る会」を開催(写真2)。

写真2 地元企業人や行政職員、NPO活動家などが集まった「高田高校の未来を語る会」。
「生徒の強み」「高校にもっと力を入れてほしいこと」などについて話し合う中で、「高校生には、働いてお金を得ることの大切さ、大変さを知ってほしい」という声が多く寄せられた。ここでの意見に加えて、生徒、保護者、教職員へのアンケートを踏まえて、学校として生徒に育成したい資質・能力が設定された。

また、生徒、保護者、教職員にアンケートを実施し、「生徒に身につけてほしい資質・能力」の言語化に着手した。そうして、学校として新しい「総合学習」を実施しながら、そこで育成を目指す資質・能力を「主体性に基づいた計画力・実行力・発信力」と明確化し、生徒、教師が共有する学校教育目標とした。
「職員会議などで、主体性に基づいた計画力・実行力・発信力はどうすれば育成できるかを話し合う中で、『教科学習の場だけでは不十分だ』と皆が気づき、『T×ACTION』に全学年の全職員がかかわろうという機運が高まりました」(森谷幸恵(もりや・ゆきえ)先生)
「地域や保護者の思いを知ることで、私たち教師の生徒への接し方が変わったと思います。教科学習や部活動だけでなく、大学や企業に足を運ぶ学校外での学びを、それまで以上に生徒に促すようになりました」(土谷桃子先生)
「T×ACTION」を通じて、「将来の夢」を自ら語る生徒も次第に増えてきた。
「今、私たちが住む地域にも、外国人労働者が増えています。外国人労働者にとって、もっと働きやすい環境を考えることは、地域の発展にもつながると思います。この地域が、多文化共生の場となるような貢献の方法を今後も考えていきたいです」(3年生・千田龍汰朗(ちだ)さん)
「陸前高田市は漁業が盛んですが、比較的温暖な気候を生かせば農業も盛り上げられそうです。僕が考えたのは、陰生植物と陽生植物を狭量地でも同時に育成できる『2階建てビニールハウス』。将来は地方公務員になって、地域のの力を生かしてみんなを幸せにする施策を考えたいと思っています」(3年生・菅原旦輝(すがわら・あさき)さん)
19年度3年生の文系進学クラスは、39人の生徒のうち17人が、「T×ACTION」で学んだことを大学入試で生かし、進学先を決めた。
「17人の生徒が選んだ進路は、教科学習や部活動だけでは見つからなかったものだと思います。希望進路が明確になっていない生徒にも、面談で『君のプラン、面白かったよね』『プランが実現した時、どんな役割を担いたい?』などと、進路を掘り下げるための具体的な問いかけができるようになりました」(日山玲先生)
変化しているのは生徒だけではない。「高田高校未来創造プロジェクトチーム」の教師たちは、「T×ACTION」のあり方を話し合う中で、「仕事、家事、育児を1人でこなすワンオペ育児の母親の息抜きと保育士を志望する生徒の保育体験を、自校の食品製造実習を活用して同時に実現する」というプランを考えたのだ。
「お母さんたちを学校に招き、パン作りを楽しんでもらう間、保育士志望の生徒が子どもの面倒を見るというプランです。19年8月に、地元の保健師、保育士の協力を得て実現しました。保育士には、生徒の志望理由書を見てアドバイスもしてもらいました。そうした斬新なプランが若手の先生方から出たこと、そしてそれが実現したことに驚きましたが、学校の力を生かして地域課題に取り組むことも、これからの教師の役割なのだと実感しました」(菅常久(かん)副校長)

左から
教務情報課 森谷幸恵 もりや・ゆきえ
教職歴 20 年。同校に赴任して2年目。国語科。
教務情報課 土谷桃子 つちや・ももこ
教職歴9年。同校に赴任して5年目。国語科。
教務情報課 日山 玲 ひやま・れい
教職歴 11 年。同校に赴任して3年目。家庭科。
教務主任 佐々木均 ささき・ひとし
教職歴 23 年。同校に赴任して 3 年目。数学科。

左から
3 年生 千田龍汰朗 ちだ・りゅうたろう
3 年生 加藤菜々子 かとう・ななこ
3 年生 菅原旦輝 すがわら・あさき

幸せに生きる力を地域と学校がともに育む

仮校舎から本校舎に戻って3年目に始まった「T×ACTION」は、震災前の「普通の学校」の姿を取り戻そうと努力してきた同校の教師が、「これからの学校」の創造へと教育活動の方針を転換するきっかけになったと言える。
「『T×ACTION』は、私たちにとって、これからの10年間の学校のあり方を問うものだと思います。それはもちろん、震災の記憶を消し去るということではありません。本校の先輩や、教師が経験したことを生徒に伝えていくことで、『T×ACTION』に取り組む生徒はきっと地域をより深く理解してくれるはずです」(佐々木均(ひとし)先生)
地域と協働して新しい学校のあり方を探究する高田高校。須川校長は、「どんな進路を希望しても、夢をかなえる力が育まれる学校をつくりたい。そのためには、すべての生徒に、自分には他者のためにできることがあることを、高校生活の中で実感させることが重要だ」と語る。
「震災発生時、本校の生徒は、自分の家族の安否も分からない中、避難してきた地域の人々のために自分に何ができるかを考え、率先して寝具を運び、薪を拾い集めました。高校生は本来そうした力を持っているのです。『T×ACTION』で地域と接する中で、自分たちができることを考え、自分の生き方を考えてもらいたいと願っています」(須川校長)
そうした須川校長の願いは、確かに生徒にも届いている。
「地域で活躍する人たちの話を聞き、情熱に触れる中で、『将来こんなことをしたい』という思いが、自分の中からたくさん出てくるようになりました。いつか自分の住む地域で起業して、小さなことからでも社会をよくしていける人になりたいです」(3年生・加藤菜々子さん)
陸前高田市の教育長として、「T×ACTION」に取り組む生徒の成長を見てきた金(きん)賢治さんは、元教師として、そして地域の1人として、高田高校生への思いをこう語る。
「あんなに大変な思いをした子どもたちだからこそ、予測困難なこれからの社会でもずっと幸せに生きてほしい。全国の人たちから支援を受ける中で育まれた素直さや優しさを忘れずに、自分の意見をしっかり伝え、夢に向かって一歩を踏み出せる人に育ってほしい……それが地域みんなの願いです。『T×ACTION』は、その願いを学校と地域が一体となって実現しようとする取り組みだと思います」(金さん)
中学校の音楽の教師だった金さんは、震災後、卒業式に臨む我が子への父母たちの思いを歌にして、生徒たちに贈った。
だからね きみは自分らしく
夢を追い 生きなきゃね
だからね きみは誰よりも
幸せに ならなきゃね
自分らしく夢を追い、幸せに生きる。すべての教師、そして地域の願いが込められた「高田高校ならではのACTION」はこれからも続いていく。

陸前高田市教育委員会 前教育長
金 賢治 きん・けんじ
岩手県内の公立中学校勤務を経て、岩手県教育委員会へ。震災後、陸前高田市教育委員会で教育次長、教育長を務め、地域の教育の復旧・復興に尽力した。

地域で生徒に育みたい資質・能力を、学校の垣根を超えて、ともに考える 東北沿岸部教育情報交換会議

東北沿岸部の高校の教師が参加し、これからの教育のあり方を考える「東北沿岸部教育情報交換会議」が、2019年12月、ベネッセコーポレーション東北支社の主催で行われた。「T×ACTIONプロジェクト」を展開する岩手県立高田高校を始めとする東北の高校の教師たちと多彩なゲストが語り合った。

    当日のプログラム

  1. 講演「なぜ、東北から次世代の教育が生まれるのか」 (講師:日本イノベーション教育ネットワーク(協力 OECD)事務局長 小村俊平氏)
  2. 講演「沿岸部地区の教育への提言〜シリコンバレーの実践から」 (講師:宮城県石巻高校 髙橋 就先生)
  3. 意見交換「これからの生徒に求められる資質・能力」
  4. 講演「これから求められる資質・能力の育成と教育実践について」 (講師:東京都・私立広尾学園中学校・高校 木村健太先生)
  5. 講演「T×ACTIONを通じた探究活動と進路活動の連動」 (講師:岩手県立高田高校 多田昌弘先生)
  6. 意見交換「求められる資質・能力を育成する教育」

日本イノベーション教育ネットワーク(協力OECD)事務局長の小村俊平氏は、東日本大震災後、東北沿岸部の高校生が、海外の高校生と国際協働型のプロジェクト学習を展開した事例を紹介。「地域や大学と連携する探究学習に取り組む力を、生徒は持っている」と語った。
宮城県石巻(いしのまき)高校の髙橋就(しゅう)先生は、ベンチャー企業が集中するイノベーションの聖地・米国シリコンバレーでの幼児教育、初等中等教育などの視察報告を通じて、「手に入れた知識を実際に社会のために生かしていく体験が、生徒に主体性を育む土台となるのではないか」と、社会と生徒とのつながりの重要性を説いた。
東京都・私立広尾学園中学校・高校の木村健太先生は、「大切なのは、生徒が楽しみながら学んだことが、社会貢献につながること」と、「学問を楽しむ!」をモットーにした同校の医進・サイエンスコースの探究学習の取り組みを紹介。続いて、岩手県立高田高校の多田昌弘先生が、「T×ACTIONプロジェクト」の取り組みの紹介を通じて、ビジネスプランの立案を楽しみながら進路観を広げる生徒の様子を語った。
講演内容を踏まえた参加者の意見交換も行われた。参加者からは、「自分は地域の中で育ったのだという感覚を、高校の学びの中で生徒にいかに育むかが課題だ」「1校でできることには限界がある。各校で育てたい生徒像を描きながら、同じ地域の学校として一緒にできることを考えたい」「校内の教師が連携することで、各教科の専門性を生かした社会貢献のあり方を、生徒とともに模索できるはず」など、それぞれが持つ課題や展望が活発に語られた。

写真3 東北沿岸部の高校の教師、学習支援に携わるNPO関係者などが参加。

写真4 会の最後には、「予測不可能な課題に当事者意識を持って取り組む力を生徒が身につける」ために、高校は何ができるかという問いを共有した。

写真5 育てたい生徒像を学校、地域の視点で深めながら、議論が行われた。