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パンサー 向井慧さん

パンサー 向井慧さん後編

夢を実現するためにやってきたことで
ムダなんてひとつもない!

編集協力/竹倉玲子、写真/兒嶋章

前編では、お笑い芸人になるために高校時代にどんなことを頑張ったのかを話してくれた向井さん。
後編では、大学進学後からパンサー結成までの苦労や努力したことを語ってくれたよ。
さっそく読んでみよう!

Profile

向井むかい さとしさん

1985年愛知県生まれ。愛知県立瑞陵高等学校卒業。明治大学政治経済学部に在学中にお笑い養成所「NSC(吉本総合芸能学院)」に入り、2008年に先輩の尾形貴弘さん、菅良太郎さんとトリオ「パンサー」を結成。最年少ながらツッコミ役としてグループを引っ張りながら、バラエティ番組やお笑いライブなどで活躍中。2015年には「よしもと男前ランキング」で優勝するなど、イケメン芸人としてもおなじみ!

期待と挫折のジェットコースター状態だった
大学時代

「4年間は好きなことをしていい」と言われた大学時代は、親にお金を借りて、憧れのお笑い養成所へも入学。大学と養成所という“ダブルスクール生活”に挑戦したのですが、トントン拍子に進んだわけではありませんでした。

なぜって、養成所に行ってみれば、笑いの身体能力みたいなのが高い人がいっぱいいるわけです。それで焦った僕は、テレビ局に自分たちのビデオを送ってアピールしたり、テレビ関係者が来るとウワサのライブに出たりとあの手この手を尽くしたものの、養成所在学中の芸能活動は禁止と知って断念。テレビの収録前にお客さんを盛り上げる“前説”をやらせてもらえるようになったのをきっかけに、「イケるかも」という自信も高めていったものの…、「若さというエネルギーがあるうちに売れなきゃ」みたいな焦りがあったことで、相方にも厳しくなっていたんでしょうね。今度は相方から「楽しくない」と言われ、まさかのコンビ解消。もうすぐ大学卒業だという時期に、授業の単位も足りないし、お笑いでは相方もいないというしんどい状況になり、30%くらいは「就職しようかな」と思ってしまうほど気持ちが沈みました。

パンサー 向井慧さん

しんどくても耐えられたのは、
好きなことだからこそ

それでもお笑いを諦めなかったのは、やっぱりお笑いが好きだったということと、そのお笑いを通じて出会った仲間に恵まれたということが大きいと思います。特にピースの又吉さんがよく「お前のここが素晴らしい」なんて認めてくれたおかげで、希望を捨てずに前を向いていられた。結果、またしても土壇場の猛勉強で大学卒業を果たすと同時に、ラッキーなことに、パンサーを結成することができたんです。

好きなことをしてお金をもらえる幸せ!

こうして小さなころから夢見ていたお笑い界に入ってみると、上下関係が厳しかったり、空気を読まなきゃいけなかったり…。面白いだけの世界ではないですけど、大好きなお笑いに囲まれて、楽しいことや馬鹿なことをやって、憧れの芸人さんたちに会えて、それでお金をもらえるなんて、最高に幸せだなあと思っています!

そして、そのためにやってきたことでムダなんて一つもないし、そもそも「ムダ」って思いながらやることが、一番ムダだなあって。よく「勉強なんて意味ないよね」という人がいますけど、勉強だって、「限られた時間のなかでどこをおさえるか」を学んだり、「自分にはどんなやり方が向いているか」を考えたりする場になるだろうし、僕の場合はそれが「どうしたら最短距離で芸人になれるか」を模索する姿勢ややり方にも通じたと思っています。だからみなさんも「自分はこうあるべきだ」「このやり方が一番」なんて決めつけず、自分に合った道ややり方を模索して、どんどん行動してみてください。行動している人のところにだけ、運は巡ってくるもんだって思います!

パンサー 向井慧さん

パンサー向井慧さんの
#ざっくばらん
質問コーナー

Music#音楽

高校生の時から、ファンクラブに入るほどゆずさんが好き! 特に東京に行くことを夢見て勉強していた時によく聴いていた『飛べない鳥』は、今でも、聴くと当時を思い出しますよね。ちなみに先日、パンサーの3人で、なんとゆずさんの番組の仕切りをやらせてもらう機会に恵まれて…。夢って叶うんだなあって思いました。

Fashion#ファッション

もともとファッションには興味がなかったのですが…。ピースの又吉さんに「3000円の白いシャツも7万円の白いシャツも一緒やねんけど、テレビや舞台に出るんやったら、7万円のほうを着たほうが絶対にええよ」って言われて、こだわるようになりました。理屈はよくわからないですけど、それくらいの気持ちでのぞんだほうがいいってことなんだなって。ちなみに服は、渋谷で買うことが多いです!

Work#仕事

お笑いの仕事をしていなかったら? うーん…何をしていたんですかね…。人に教えるのって面白そうだなあと思うので、先生をやってみたかった気もします。高校時代も、授業を受けながら「この先生はわかりやすいな」とか「この先生は解説がちょっと難しいな」みたいな分析をよくしていたので。